川津のすりみウェブショップ

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午前3時半から、田崎市場内の工場で毎日「はもすりみ」 を造っています。 写真は臼の中で回っている「すりみ」です。 配置転換で、午前5時からは、田崎市場内の売り場で 仕事しています。
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2008年05月09日

熊本名物「はもすりみ」? PART2

にっこりフーッ (ため息)
やっとの思いで、わが川津商店の新ショッピングサイトへの引越しが
完了しました! グッ

簡単に考えていたのが、大間違い! サイトが変わると、小さな違い
が一杯出てきて、仕事の合間にチョコッと片付けるつもりが、全然
進まず、なんと一ヶ月もかかってしまいました。 うるうる

で、完成したサイトは、右上ののバナーをクリックしていただくと、
見られますので、よろしかったら、どうぞ。(もちろん!お買い物も
出来ますので、ヨロシクお願い致します) 見下ろす

あっ!それとバナー下のカレンダーは田崎市場のカレンダーですので、
御参考まで。 OK


さて、今回は「熊本名物?はもすりみ」パート2です。


前回で、「はもすりみ」は熊本限定で他県には無かった。と、書きま
したが、今回は「はもすりみ」誕生秘話(秘話なんて、たいしたもん
じゃなかですけどね)をお送りしょうと思います。

今から、お話する事は皆、亡くなった、じいさんと親父から聞いた話、
なんで、記憶が曖昧な所も多々あることは始めにお断りしておきます。

戦後、私のじいさんは魚屋として、熊本市二本木で商売を始めました。
前にも書きました、市場が新町にあった頃です。


昭和34,5年頃の二本木町本通り風景、右の家屋が私の生家です。
車が時代を感じさせますね。









私の生家の正面、左が店員さんのN井さん、右が叔父の三郎です。














生家の内部、女性は若かりし頃の私の母です。ちょっと美人でしょ!(今、73歳、片鱗が、ある...かな?)

















戦後の復興の為、(急速な機械化で日本近海は日本漁船の天下になっ
ていました。今は、韓国、中国の天下ですけどね くすん)熊本にも、長崎、
鹿児島、福岡、からさまざまな魚が入ってくるようになったそうです。

が、今ほど冷凍保存技術が発達していない時代で、大量に入荷しても
その日に、競り落とされない魚が多々あったようです。今なら冷凍して
保存できたのですが、買い手がつかず、そのまま、廃棄してしまう事も
あったそうです。

「ただっし(忠司、じいさんの名前)やん」、うっすっとは、もったいなか
なぁ!どがんかならんどかなぁ!

おるに考えがあるけん、まかせてみらんね。

なんて、話があったかも。


その魚の中に「はも」もありました。中卸もやっていて、大卸の会社役員
もやっていた、じいさんは、一度に大量に入荷する「はも」を引き受け、ミ
ンチ、そして「すりみ」に加工する事を思いつきました。

私が、物心ついた頃、(4~5歳、昭和34~5年頃)店に「すりみ」造り
に使う電動の杵付きの臼が、確かに存在して稼動していました。

ですので、「はもすりみ」は私が生まれた頃、もしくは、それ以前に
販売されていたと思われます。

長くなりそうなので、本日はこれまで。 エヘッ

次回をお楽しみに!(どうでもいい話を、楽しみにして頂いているのか
は不安ですが困ったな) 肯く


PS.今回の記事作成で、大昔の写真(昭和30年代から、もっと昔の
写真)が色々出て来ました。おりおり、アップしたいと思ってます。にっこり
  

Posted by sei at 18:54Comments(1)TrackBack(0)すりみ